貧乏人よ、大志を抱けw

空気は冷え込む

2008-06-03(Tue)   C : 2  T : 0
 ショートストーリー 2400字

 外はめっきり冷えていた。今年の冬は比較的寒く、街行く人の中に分厚いコートを着ている姿も見受けられた。
 片田舎にある私立高校の4階も肌寒い空気を感じているのか、雰囲気はどこかよそよそしく、ひっそりとしていた。正月が終わった3学期は、学校に来てもこなくてもどっちでもいい。進路の決まった生徒は比較的暇なのだろう、教師のやる気のない授業を聴いて、ただ時間の浪費をして時を過ごす。
 チャイムが鳴り、以上で今日の授業は終わりという先生の声とともに、ありがとうございましたという生徒の声が重なる。
「腹減ったー」
「おい。飯食いにいこーぜ」
 高校には食堂があって、日替わりの給食や、カレー、そば、うどんなどの簡単なメニューが育ち盛りの生徒の腹を満たした。
 ぞろぞろと連れ立って、生徒たちは思い思いに食堂に向かう。中には教室に残って弁当箱を広げる女子も何組かいた。
「なぁ平井。卒業したらさぁ、どうすんねん?」
 4階の階段を降りながら、大輔は聞く。
「俺はビッグマンになるぜ」
「いや、わかったから、結局新しくできた芸大にいくわけ?」
「おう。まあな。学費の高い国立の大学より、推薦で学費免除のほうがいいに決まってるやろ」
「そんなもんか」
手すりを叩きながら、大輔は階段を降りる。
「そりゃ、国立のほうが教授もすごい人が多いし、プロになりやすいやろうけどな。絶対になれるわけじゃない。せっかく話もらったから行くよ。それに結局プロになれるどうかは、自分しだいやろ」
「じゃぁ、どっちでも無理やから、私立にいくっちゅうことやな」
 後ろから、むらちゃんがにやけながら口を挟む。
「あほか。大阪の平井哲司言うたら、クラリネット界では有名やねんぞ」
 平井は後ろを振り向きながら言う。
「あっそ。だいたいクラリネットっていうのがマニアックやねん。いまいちわかってないから、俺クラリネットって聞くとアルプスの少女が浮かぶわ。クラリス様。」
「そんなんで学校の先生になるなんてよう言うわ。『先生、馬鹿っぽくて面白い』
とかなめられるぜ」
「え? 生徒になめられる? かもなぁ。俺馬鹿やからな。でもさすがに小学生よりは頭ええから大丈夫や」
 むらちゃんは、ジャンプして、低めの天井にギリギリ指を触れさせた。
「つーか。小学生と比較してるところが、もうすでに情けないから」
大輔はあきれた顔になる。
「よし。俺もっ!」
 大輔もつられてジャンプするがギリギリ天井には届かない
「あかんな。サッカー部には無理や。バスケ部のジャンプをよく見ときや!」
 むらちゃんは、ひざを曲げ、手を反るようにして背中の後ろまで持っていく。一瞬の静止状態の後、一気に勢いをつけて、手を腰の横から上に綺麗な放物線を描きながら、足を地面から離した。
 体勢を少し崩しながら、手は天井へと勢いよく伸びる。
 手の平全てが天井にくっつく。
「おう〜。すげぇー!」
 大輔は頭のなかで、むらちゃんの引退試合を見に行ったときのことを思い出す。
 ガードとして、味方を指示しながら、パスを回す。と見せかけて、一気にドリブルを仕掛け、中央から切り込み、綺麗なダブルクラッチを決める。普段の姿から想像できないぐらい攻撃的だった。こいつ凄いなと感動して、見直した。
 「俺の行く大学は、教師採用実績めっちゃ高いねんて。俺そんな賢くないけど、頑張ったら先生になれると思う。馬鹿にされようが平気や。兄貴が先生になれたぐらいやしな」
 食堂は生徒で一杯だった。食券を買う機械の前で、5〜6人の人がたまっている。人の話し声が重なり、にぎやかな空気が流れていた。
 あらかじめ買ってあった食券を取り出し、おばちゃんに渡し、給食の弁当を手に取る。
「で、大輔はさぁ。どうするんや」
 少し歩いて、6人分ぐらいの空席の場所を見つけ、座る。
 カタ。コト。それぞれが弁当箱をテーブルに置き、ふたを開ける。
「せやな。俺、ぶっちゃけ何も決まってないよ。とりあえず法学部受かったから、大学行くけど。弁護士なんかなる気もないし、なれへんやろうし。サラリーマンちゃうか? ふつーの」
 最後は少しだけ吐息が言葉に交じる。
「大輔は、大丈夫やろ。おまえやったらどこいっても通用するって」
 平井には、珍しい台詞だ。いつも仲間の中で、傲慢のキャラで通ってる。
「あっありがとうございます。僕も平井さんに言われたら、大丈夫な気がします」
 おどけながら、まるでサラリーマンになったように返す大輔。何年後かの姿なのかもしれない。
「なんか変な感じするわ。もう少しで高校も終わり。ようやくお前らともお別れ。なんか知らんけどいつも一緒やったなー」
 豪快にわらう平井。
「2年3年一緒のクラスやったし。からむの多かったな。最近なんか胸の中がすうすうして、空気が入りこむ感じするわ」少しせつなげな大輔。
「そんなことより、俺は美由紀との関係が心配や。名古屋と東京やで! 愛に国境どころか県境はおっきいって! あぁーあ」
 むらちゃんは、頭を抱える。
「はいはい。ごちそうさまです。お弁当もごちそうさまです」
 冬は深まり、寒さで肌が少し痛い。いつもと同じ道を歩いているのに、なぜだか落ち着かない。いつもと同じ食堂で話しているのに、腹いっぱいに飯を食えない。
 大輔達は、食堂から直接外に出ると、ゆっくりとジュースの自動販売機に向かう。青い空の下の大きな山を見る。青のコントラストに緑が映えていた。
 風が吹く。近くにいた女子のスカートがひるがえる。あわてて手で押さえている。
 少し歩くと大輔は平井のの耳元にささやく。
「おい! 右の子、水色やったで! めっちゃ興奮するわ」
 平井は平井で、
「左の子もうちょいで見えそうやったのにな! くそー」
「はいはい。お子ちゃまたち、よかったね。おれは美由紀ので見飽きたわ」
 むらちゃんは自慢げだ。
「うっさい! ボケ! パンチラは男のロマンやぞ」
 おそらく、あと1ヶ月で全てが変わってしまうんだと思った。それでも、3年たっても7年たっても、同じあだ名で呼んで、馬鹿やれたらそれでいい。そういうのがええな。
 そう思った。



Comment


Re:空気は冷え込む

希望のような、諦観のような、失意のような、悲哀のような、慢心のような、いろんなものがない交ぜになっているのに、読後感はスッキリ爽やか。3月のちょっと肌寒い風を感じました。

ふぁ

コメ ありがとうございます。

最近、少しだけやる気が復活してきたように思えます。

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